IngresOdipusAndSphinx
先日、ブックオフで『悼む人』を買ってきて、簿記の勉強をほっぽりだして、ちょっとずつ、こっちを読み進めています。

本編の話に入る前に、少し脇道にそれて。スフィンクスの話、の話。

「スフィンクスの話」というのは、単行本の表紙に写っている彫像のこと。舟越桂さんの作品「スフィンクスの話」です。この写真(作品)が使われることになった経緯が、単行本末尾謝辞の中で書かれていたので、引用させていただきます。

すでに<悼む人>とともに歩みはじめていた二〇〇五年一月、彫刻家・舟越桂氏のアトリエにお邪魔する機会があり、完成したばかりの新作「スフィンクスの話」を拝見しました。この彫刻は海外へ渡って日本ではもう見られないと聞き、ぶしつけながらカメラに収めさせていただきました。その姿は精神かつ妖しく、寛容なのに気品があり、無垢でいて謎に満ちている。<悼む人>の精神的な象徴があらわれているように思い、以来このときの写真を机において執筆を続けました。そのため装丁もこの素晴らしい彫刻作品で飾らせてもらえたらと切望し、素人の撮影した写真の使用という無理なお願いでしたが、舟越氏および西村画廊さんにはご快諾いただきました。この彫刻作品との巡り合いには運命的な物すら感じています。

スフィンクスについて、インターネットに散らばる情報を斜め読みしてみました。
スフィンクスときいてイメージしたのは、エジプトにあるギザの大スフィンクスで、ファラオの顔とライオンの体を持つ、あの姿でした。
調べてみると、スフィンクスの姿は各文化によって違うようで、エジプトでは「ファラオの顔とライオンの体」、ギリシアでは「ライオンの身体、人間の女性の顔、鷲の翼」、メソポタミアでは「ライオンの身体、美しい人間の女性の顔と乳房のある胸、鷲の翼」を持った姿として描かれているとか。
ここで、表紙の写真、「スフィンクスの話」をみてみると、「女性の顔、乳房のある胸」までは確認できるので、どうやらこの作品のベースは古代ギリシア文化のスフィンクスを現したものなのではないか、と、勝手に推測しました。
となると、ここでいう「スフィンクスの話」とは、あの謎かけのことを指しているのでしょうか。(この謎かけは僕も何かで読んで知っていた。)
ピキオン山に座したスフィンクスは、通る旅人を捕らえては「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」という謎をかけ、答えを間違ったものの命を奪っていた(食べていた)。オイディプスは臆することなくそのスフィンクスに対峙し、謎かけの答えは「人間」であると答える(答えには諸説あるらしい)。
人間の一生を一日に喩え、産まれてから老いてゆく過程を、これは何か、と人に問うていたスフィンクス。

また、メソポタミア神話のなかでスフィンクスは「死を見守る存在」として登場し、以降、他の神話(エジプト、ギリシャ)においても同じように、「死を見守る存在」として描かれているようです。

ここから僕はてっきり、<悼む人>の表紙に「スフィンクス」が登場するのは、それなりの意味づけがあったのだなと思いこんでいました。「死を見守る存在」として、対峙する相手に「人間の一生」を問う。それはどこか<悼む人>を象徴するような、気がしたからです。

先の引用文に戻りますが、なるほど天童さんが運命的というのも納得だなあと、僕の見解は半ばこじつけですが、ななめよみ調べをしながらなるほどなるほどと一人うなずいていました。
(エジプト神話、ギリシャ神話、メソポタミア神話、この辺は、いつかちゃんと文献を買って調べてみたい。)

画像:スフィンクスの謎を解くオイディプス – Wikipedia