2015.02.11.WE

その日考えたこと、遭遇した些細なこと、調べたこと、買ったもの、ただのメモでしかないようなこと、
そんな一切合切の「ものごと」を記録しておく。
誰もが見る訳じゃないけれども、ふとしたきっかけで誰にでも見られてしまう場に書き記しておく。
あえて何でも書き残してくことに意味があるのかどうかも微妙だし、
オープンにしておく必要も、あるのかどうか分かりませんが、
あー、残しておいてよかった、とふと感じられる機会に巡り会う気がする。
(それ以上に、残しておかなけりゃよかった、なんて思う機会の方が多いんじゃないか、という気もする)

堀江敏幸さんの、何かの本の、どこかの編に、メモ書きから始まる話がありましたね。
(思い出せないのが悔しい)
ああいう、不思議な巡り合わせと言うか、あえて残しておくことで生まれる「物事」があると思うんです。

普段から、くだらないことをメモする習慣があります。
大切なことも、そのときに残しておかないと結局忘れてしまいますし、忘れられるような物ならそれはその程度の物だったんだ、
なんてことは無くって、何か大事な、素敵なことを考えついてたのに。
というもどかしさだけが残る悔しさを幾度となく味わっているので。

KOKUYOの「測量野帳」をつねに鞄に忍ばせておいて、なにかあると、とりあえず書き記しています。
(測量野帳のすばらしさについては、いつか記事にまとめたい)

ブログとして残すにあたり、記事のタイトルを決めないといけない。
タイトルとか考えるの、すごい苦手なんですよね。
その日の日付をタイトルにするのは、なんだか違う、しっくりこないので、
どうしようかなあと。

冒頭に書いたように、
「その日考えたこと、遭遇した些細なこと、調べたこと、買ったもの、ただのメモでしかないようなこと、そんな一切合切の「ものごと」を記録しておく。」
という気持ちで書いて行くので、
例えば「考えたこと(1)」とか「買ったもの(1)」というように記事をわけることで、後々の検索性が向上することは期待出来ますが、小さな記事を量産してしまって、ブログ全体の粒度と言うか、密度というか、そういうものが薄れる気がするし、「1日」という単位の中で起きているということも外せない要素なのかなと思うわけです。
(何を言いたいのかよくわからない)

タイトルに日付を付けたくないのは、毎日更新できるかもわかりませんし、記事が歯抜けになってしまうことに対する歯痒さというものもある。
なので、定まったテーマに従って、(1)、(2)、、、と連番で残して行くのがいいかなと考えています。
なので、「考えたこと(1)」というような付け方になる。

とりあえず始めてみて、いや、やっぱり違和感あるなあという場合にはその都度全量を修正してく前提で、とりあえず見切り発車で書いて行くのが、いいかもしれない。

書いた文章を後日読み返すと、書いた本人ですら訳が分からない(あるいは気持ち悪さを感じる)というようなことはよくあるので、
しれっと後で修正も、する。

測量野帳のメモ例
なんと書いてあるのか、判読出来ないこともしばしば。
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