John_Muir_1912

「自然保護の父」と呼ばれたジョン・ミューアの、その生い立ちから、国立公園誕生迄の生涯を描いた本。

ゆっくりと読み進めて行こうと思います。

ジョン・ミューアのことは、はじめから知っていた訳ではなくて、たまたま、instagramで自然の写真とともに引用されていたミューアの言葉が気になって調べてみたのがちょっと前の話。

“Going to the woods is going home”

簡潔であるけれども、ミューアの自然に対する深い愛情や洞察をもって記されたこの言葉は、とても力強くて、頭から離れなくなりました。

ジョン・ミューアという人は知らなかったのだけれど、「ジョン・ミューア・トレイル」という単語はどこかで目にしたことがある気がして、少したって、松浦弥太郎さんのジョン・ミューア・トレイル紀行の手記を読んだことがあるのを思い出した。

自分の中で、何かがつながったような気がして、ちょっと嬉しかったり。

ジョン・ミューアは、1838年にスコットランドの東岸の港町ダーバンで生まれる。小さい頃から活動的で、やんちゃで、何よりも自然の中で遊ぶのが好きな、野性的な子供だったそうだ。

まだこの頃は、スコットランドからアメリカに行くにも帆船で北大西洋をひと月半もかけてわたる時代。今では、飛行機でぴゅーんだ。
(googlemapsで[スコットランド⇒アメリカ合衆国]というざっくりした経路検索で結果が返ってこなかったので実際のところ現代でどれくらい時間がかかるのかは、わかりません。)
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そんな時代だから、アメリカに関する知識を得ようにも得られる物は限定的だったのかもしれない。

ミューアは学校に通うようになり、教科書でアメリカについて学ぶことになる。アメリカを放浪したスコットランドの鳥類学者ウイルソン、アメリカの著名な鳥類学者オーデュポンによって描かれた鳥の観察日記やスケッチを食い入るようにみては、手つかずの自然が残る未知の世界、宝島のような「アメリカ」に思いを募らせていたという。

アメリカが宝島だと思っていたのは何も冒険心にあふれる子供だけではなくて、もちろん大人達も一攫千金の夢を掘り当てるかのように、農業開拓、産業投資、鉄道建設などなど、新世界へすべてをかけて乗り込んで行ったという。

ジョンの父、ダニエル・ミューアもその一人。
ただ彼は商業的な成功を夢見ることの他に、彼が傾倒していたディサイプル協会の宣教活動のため、という目的もあり、宗教的にまだ無垢な世界であったアメリカへと地をうつすことを望んだという。

そんなミューアがアメリカに行くことになる日は、不意にやってきた。出発の前日に父親から「あしたアメリカへ出発するぞ」と、突然、本当に突然言われたそうだ。

ジョン・ミューア11歳、アメリカにむかう時の航海の思い出を、こう綴っている。

私たちは、ダンバーに何を残してきたか、これから新世界でどんな目に遭うのか、また何をどのくらい得ることができるのかなど、そのときはまったく考えもしなかった。私たちは、恐れや悲しみを感じるにはまだ若すぎたし、あまりにも希望で胸がいっぱいだった。しかし、本からも学校からも解放されて、あのすばらしいアメリカのウイルダネスに行けるのだという感激に浸るだけの年齢には、十分に達していた。

まだアメリカに着いてさえもいない。ながい道のりだなあ。
画像:American conservationist John Muir (1838-1914)