いくら探しても見つからなかった大事なものが、ふと、はっと、ぱっと、さっと、すっと、あらわれました。
大切な人にもらった大事なネクタイ。

クローゼットの中のいたるところ探してみても見つからず。
それでもきっとどこかにはあるんだ、とは思っていました。

今日、クローゼットの衣装ケース群の中の一つである下着コーナー(パンツ、シャツ、靴下)を整理(ロングボクサーパンツ数のカウント+要らないパンツ数カウント)していたら、黒パンツたちの中から探していた濃紺のネクタイがでてきた。
すらっと。
でてきた。

すごいうれしくって、とてもうれしくって、それは「今日はパンツネクタイ記念日になった」と言いたいくらいにうれしい出来事で。
でもそれを伝えてしまうとネクタイをなくしていたことがばれるので、口にはできない。

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そもそも、無くしてしまった。とは。
見つかっていないだけで、見つけられていないだけで、家のどこかにきっとあるはずだという変な自身があるだけに僕にとってはそれは無くなってはいなくて、探し当てられていないだけ、という、これは只の言い訳か。

無くしてしまったという表現は現状を正確に表せていない、というよりは、僕の心情にそぐわない表現だから使いたくない。
というのは、見苦しいか。

それが見つかるまでは無くなったかどうかわからない。
衣装ケースの中をあけてみるまではネクタイが無くなったのかどうかわからない。
見つかったということは無くなっていなかった。

シュレディンガーの猫、ならぬ、衣装ケース内のネクタイ。