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映画版では「過去への干渉が未来へ影響することはない」という前提があったのかどうか、あったろうに思っているのだか、それが作中世界の共通理解(ルール)であったとして、その上でコールが犯人をおさえてウイルスの散布自体を止めようとしたのはどうしてか。未来への影響が及ばないのだとしたら、その時点で犯行を食い止めたとしてもコールの現在においてウイルスがばらまかれてしまったという過去は変わらないわけで、コールが無事に現在へもどれていたとしても結局任務は果たせず。ということになるのだろう。

コールの現在にライリー博士はおそらくいない。科学者たちはライリーの残した音声をたよりにライリーという存在をもちろん調べるだろうし、その結果として過去に戻るしか手段がなかったのだから、ライリーがどこかのタイミングで死んでしまったということは想像に難くない。ライリーの死はすでに起こってしまった事実なわけで、いくら過去に戻ってウイルスを持ち帰ったところで、ウイルスで死んでしまったものが蘇るわけでもない。コールは、自分が果たした任務によって救われた世界にライリーが存在しないのなら持ち帰る意味がない。と思ったかもしれない。自分の世界の未来を守るんだ、という大きな使命感にかられて犯人を止めようとしていたようには僕には見えなかった。今犯人をしとめれば、ウイルスによってライリーが死なない世界が新たに作られる。そう思ったかもしれない。自分の世界を救いたかったのではなく、ライリーが生き続ける世界をつくりたかった。いくら事実を修正しても世界が悲惨な未来へと進もうとするのなら、そのたびに何度でも阻止し続ける。ライリーが少しでも生き続ける世界を作るために抗い続ける。いつかウイルスの存在しない未来が現れるかもしれない。そしてあわよくば、自分もその世界に生き続けたいと願っていたのかもしれない。