2017年12月2日
三井記念美術館にて

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12月3日までだったので、結構混んでいるだろうなと思っていたのですが想像していたよりは空いていました。といってもそれはお昼過ぎ、2時ごろの話で、観終わって一階に降りてきたら、入場制限がかかっていました。

伊集院さんのラジオで、たびたびこの展示会の話がでていたので興味を持ち、どんなもんだと行ってきました。

超絶技巧展とは

近年、明治工芸に対する注目度が飛躍的に高まってきました。七宝、金工、牙彫、木彫、刺繍絵画など、おもに輸出用としてつくられた工芸作品が海外から里帰りし、多くの人が瞠目するようになったのです。2014年から翌年にかけて、三井記念美術館を皮切りに全国6会場を巡回した「超絶技巧!明治工芸の粋」展は、そんな明治工芸再評価の機運を盛り上げるための画期的な展覧会でした。大好評を博したその企画の第2弾として、明治工芸と現代アートの超絶技巧が対決する展覧会を開催します。明治工芸を生み出した工人たちのDNAを受け継ぎ、超絶技巧プラスαの機知に富んだ現代作家の作民も多数展示します。

感想

「もうどうかしてる」という感嘆。本当に。どうしてここまでやるのか、と思わずにはいられません。完成に至るまでに、というかどうなったら完成なのか?という疑問も湧いてきますが、とりあえず完成させるとして、そこに至るまでに積み上げてきた膨大な時間と作者の強靭な精神力というものに、驚きと感動を覚えます。何がそうさせるのか。何が駆り立てるのか。仮に自分が作者の立場だったら、果たして自分は何をもって作品に対峙するのか、作品を前にして何を思うのか、という問いへの答えをいろいろシミュレートしようとしても、ちょっと無理、というくらいに僕の想像の及ばない世界がそこにはありました。

象牙を掘り出して作られたきゅうり。無数のパーツから組み上げられた伊勢海老。一つの木を削りあらわれた秋刀魚と皿。例えばこれらは、本物と見分けがつかないほど緻密に表現されていて、展示ケースの中でそれらが作品として存在しているからかろうじて本物ではない、これらはみな人が作り上げた偽物(作品)であると認識できるだけで、工芸作品としてそこに存在していなかったら本物と区別することもできないほどの完成度。おそらく、作品と本物を一緒に陳列していても違いがわからないかもしれない。

見る側が、それが作品なのか本物なのかの違いを認識することができないということになると、もうそこに作品を置く必要があるのか?本物が置いてあっても見る側は気がつかないのだから本物置いておけばいいのでは?とか思ってしまう。見る側がそれが作品である、と認識できなければ、作家・アーティストの存在が認識されることもないわけで、作ってももしかしたら気がついてもらえないかもしれなのにどうして作るの?そのモチベーションは?というとてもレベルの低い疑問がふつふつと湧いてくるのです。

そういう疑問を抱かせることこそが作品のテーマであって、、、みたいな?とはいえ、そういう話題を提起するためにあそこまでできるか?と想像してみても、ちょっt無理。ちょとt本物っぽいものを作ってみよう。とかそんな軽い動機であそこまでできない。作家の皆さんはどうしてあーいったものを作り上げるの?

明治工芸と参加アーティスト

・七宝
 春田幸彦
・木彫
 大竹亮峯
 加藤巍山
 前原冬樹
・自在
 満田晴穂
・金工
 鈴木祥太
 高橋賢悟
 本郷真也
・陶磁
 稲崎栄利子
・漆工
 更谷富造
・牙彫
 橋本雅也
・刺繍
 青山悟
・ガラス
 臼井良平
・石彫
 佐野藍
・水墨
 山口英紀