utulensをつれて

utulensを買って数ヶ月。49mmのフードをねじ込んだutulensはX-Pro1につきっぱなしで、そのスタイルは一見、オールドレンズにメタルフードをつけたような、クラシカルな装い。が、よくよくみてみれば、真ん中にポツンとついているんだかついていないんだかなレンズは小さすぎるし、隠しきれないプラスチッキーな雰囲気が、通り過ぎる人、とりわけ少しはカメラに興味のある人にしてみれば異様な姿に見えでもするのか、カメラをじーっと見つめる視線を感じずにはいられなくて、それが少し嬉しかったりする。

トイカメラのようでトイカメラ然としないたたずまい。それはX-Pro1によるところが大きいと思う。他のミラーレス一眼カメラと比べても、いい組み合わせ。

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普段の街撮り、旅先でのスナップ。どこに行くにしろ、持っていくのはutulensだけ。変えのレンズはなし。F16の換算48ミリのプラスチックひとつ。その装備ででかけていくことに、大事な瞬間をこのレンズだけでちゃんとおさめられるのだろうか、少し暗くなったらもうとれなくなってしまわないだろうかなんて不安をはじめは覚えていたが、いざ撮り始めてみれば、そんなものもどこへ行ってしまったか。ディスプレイに映る画の面白さに、所詮プラスチックレンズの描写だろうとたかをくくっていたが、全くそんなことはなかった。値段の安さのために何を犠牲にしたのか、なんて考えもなくなり、このレンズ単体で街へ繰り出す。

写ルンですの楽しさはいわずもがなで、その写ルンですが、フジのボディに移植されて、往年のフィルムをシミュレートしながら枚数を気にする必要もなくただただ好きなよう切ればいい。その面白さと言ったらない。

ボディ側で露出補正をすることができるし、感度だって調整できる。ピントの調節だってできないこともない。そう考えたらとても自由だ。写ルンですのレギュレーションも開放されて、限りなく自由だとおう。

と、ここまでくると、これはもはや写ルンですなのだろうか、という疑問が湧くほどにそこそこ使えてしまうことになり、もちろん写ルンですのレンズそのものを使っているから写ルンですであることには違いないのだが、あの制約の中で必然的に産まれてきたものが、一転、こちらから意図的に作り出さないと現れてこないなんてことにもなり、なんとも言い難い感覚。

そこそこ使えるという点で改めて感じたが、いい機材を揃えたからいい写真がとれるのか、そんなことはない、ということを、当たり前のことに気が付いた。

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