LA LA LAND – IN CONCERT – ラ・ラ・ランド in コンサート

昼過ぎに東京駅に降り立ち、開演までの時間を消費する。

KITTE。丸ビル。その他諸々。お昼は何を食べたか。パッと思い出せない。思い出そうと勤めるのも面倒なのでそのままにする。

有楽町に向かう道すがら、丸ビルではマシュー・ローのピアノコンサートがやっていた。ちょうど始まるタイミングだったのでスペース後方で立ち見をする。ピアノは弾けないし、クラシック音楽もよくわからないのでふんふんと耳を傾けて聞いている風を装う。結局よくわからない。有名な曲が選曲されているだろうことはわかるが、ぼくにとっては知らない曲なので聞きどころも何もよくわからない。立ち見人の層が厚いのでマシューさんの手元は全く見ることができないし、となると耳をそばだててじっと立っていることしかできない。最後はショパンの別れの曲。これは知っている。知っているし、そういえばショパン、ポーランドジャズの話の中で、ポーランドといえばショパン、そしてポーランドジャズはユーロジャズのテイストを持ちつつ、クラシカルなフォーマットとリンクする、親和性が強い、というのを聞いたのを思い出した。それだけ。

A16で腹ごしらえをしてから国際フォーラムへいくことにした。

A16に向かう途中。ブルックスブラザーズの前を通る。チラと店内を見やるとそこには見覚えのある顔があった。ここで「見覚えのある顔があった」と書くと、その顔を視界に納めてからそれが誰であるかを思い出し特定するまでにいくらか逡巡する、ある程度の時間の長さ、が存在するように感じられるが、実際は、彼を見た瞬間に思い出した。高校の同級生の彼だと。卒業してから一度も会っていないが、視界に入った刹那、反射的に、思い出すという表現も適さない、バーコードを読み取るかのような機械的な正確さと速さで彼の情報が脳内の記憶領域から読み出されたようだった。お互いに一人ではなかったために声をかけることはしなかったが、会っていなかった時間の長さを感じさせるほどには、学生時代の彼とは、たたずまいや仕草に何か違うものを感じた。

A16に到着し、マルゲリータ、ジンジャエール、ホットティーを頼む。前に来た時と同じ席に案内されたようだと話す。もちろん偶然でしかないけれど、偶然が重なることに何かしら必然めいたものを感じてしまう。しばらくして、隣の席に男女の組みが案内されて来た。同い年くらいの男性がぼくの斜め向かいに座る形になり、その男性が席に腰を下ろしたタイミングでふと視線を向けた。意図的にそちらを見ようとしたわけではなく、人が来たために条件反射的に何気なく目を向けた動作の中で男性と目があってしまった。視線の先にいたのが、先ほどブルックスブラザーズの店で見かけた彼だったことに一瞬心のうちがざわつく。こんな偶然があるのだろうかと。果たして彼は、ぼくであると気が付いただろうか。

A16を後にして。

開演30分ほど前。会場内は人だらけ。地下から地上から国際フォーラムへ人がなだれ込む。一つ上がって、右手にグッズ売り場、左手に記念撮影スペース。記念撮影スペースでは、グリフィス・パークの丘でのタップダンスシーンが堂々とプリントされた垂れ幕を前に写真をとってもらうことができる。長蛇の列が出来上がっている。その列に並ぶこともためらわれるし、何より、大勢の人の前であの場所で、ポーズを決めて写真を撮る(ポーズを決めなければならないことはないが)ことがどうしても気恥ずかしい。

タイミングを図り、寸分の狂いなく音と映像をリンクさせていく、同化させて行く。単にタイミングを合わせるだけでなく、映画の情景に合わせて、あるいは、登場人物の心の動きに合わせて演出を変えていくそのダイナミックさに度肝を抜かれる。その中で、しっかりと(しっかりとという表現が適さないが)アドリブを加えたセッションをしているということも。

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