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8月26日 日曜日

栃木から帰ってきた。満喫できたように思う。旅先では、修学旅行に来ているような気分。大人の修学旅行。行く先々で何か、得たいと思ったり思わなかったり。楽しいことはもちろん楽しいが、その分消費はしているようで、何かを得た分、出て行くものもあるようで、単にエネルギーを消費したというのでもなく。帰宅した翌日は遅くまで寝た。疲労から。しかもとてもじゃないが外にでかけようかといえるような天候ではなかった。とてつもない暑さだった。外に出ずとも、身の危険を感じるほどの猛烈な日差しが、窓の外の駐車場に降り注いでいて、クーラーを効かせた室内にいても、その地面から立ち上る熱気と熱風が感じられて汗がにじみでてくる。焼けるアスファルトの匂いも一緒に。そんな異常な世界がみえた。

8月27日 月曜日

日常。どうしたって抗えない、暴力的、な日常の到来。友人に会う。保険会社に転職したとかで、ひさしぶりにあって話をして、ついでに勧誘をされる。契約をする気はまったく無い。全くよくがんばるなという素直な感想。

冬の夜ひとりの旅人が」を読み終わる。

8月28日 火曜日

特に何も無かったようだ。メモが白紙だ。

8月29日水曜日 曇り

朝から、右足太ももと、膝のすぐ下あたりが痛い。

セイコマート。北海道ローカルなコンビにだ、ということは知っているが、埼玉の実家の近くに一時期セイコマートがあったこともあり、北海道ローカルである、という感覚がない。埼玉ローカルである、と勘違いしていてもおかしくなかった。

トイレの個室。放置しておいた酢酸の匂いの充満する暗室が思い出される。そこから、大学生活、楽しかったあの時期までフラッシュバックするわけもなく、朝からあまりいい気分にはならない。夏のむせる酢酸の匂い。

平成30年8月30日 木曜日

昼休み、食堂へ向かう。エレベーターを出てすぐ、陽気な笛の音と、イラッサイマセーというカタカナ表記の日本語が響いている。いつもとはあきらかに違う光景。インドフェアをやっているようだった。食堂の一角に、インド人と思しき人が必死に呼び込みをしている。あの必死さを見るに、どうやら集客状況は芳しくないのだ、ということが想像される。かくいう僕自身、その光景を気にはするものの、今日はインドカレーの気分ではないなというのもあり、インドカレーの気分だな、という日があったかどうかもわからないし、おそらくなかっただろうし、フェア会場にたどり着く前に手前の入り口にすっと折れて入り、売店でカップラーメンを買って、食事を済ませて、椅子にもたれて休憩時間を寝て過ごす。そういえば先日食べたまぜ辛めんがびっくりするほどにおいしくなくて、あまりにおいしくなくって、驚いてしまって、周りの人にいいからとにかく一口食べてくれそして感想を聞かせてくれ、と唐突に話しかけたくなるくらいの味で、自分の味覚が心配になるくらいのうまみの無いインスタント麺だった。もう二度と食べない。気を横道にそらさずに、新しい商品だ、もしかしたらおいしいかもしれないぞ、なんて興味を抱かずに、いつ食べてもいつだっておいしいどんべえやカップヌードルを食べるべきだった。本当にそうすべきだった。そのまぜ辛めんのアピールポイントの一つが、かやくが国産野菜です!という、まったく心に響かないものだったのも残念感を増していた。かやく。カップめんに入っているあの、かやく。乾燥野菜がちょろっとはいっている子袋のあれ。言い方は悪いが、野菜くずみたいなあれが、国産です!と目立つようにパッケージにかかれていて、だからなんだ、というか、それをみて、なるほど国産野菜のかやくなら安心だし、きっとおいしいだろうな、よし食べてみようか、となるのだろうか、はたして。多くの人はそういう気持ちになるのだろうかと逆に自分の感覚を疑ってしまったが、おそらく僕と同じようにそこに心惹かれる人はあまりいないのではないだろうか。この点も隣近所の知らない会社員に聞いて回りたいくらいのハテナポイントだった。なんだろうこの商品は。という感じ。繰り返すが、いつだっておいしい彼らに迷わず、浮気心を持たず、手を伸ばすべきだった。絶対に。

8月31日 金曜日 はれ

八月が終わる。かんかん照りの晴れの日でも、日差しがいくぶん弱まってきているなあ、というのが感じられるくらいになってきた。気がする。もう9月になる。まだ夏ではあるが、もうすぐ秋がくるぞ、という気持ちの準備をしてもいいころ。季節の移ろいも、時間の経過もあっというま。

雨が降っている。降っていた。のか。電車にゆられ、うつらうつら、恋愛のディスクールを読みながらうつら。ふと眼を覚ます、降りる駅が次、というところまで寝ていた。窓の外に眼を向けるとすっかり暗くなっていた。車のライトに照らされるアスファルトが輝いていた。雨が降ったようだ。あるいは、今も振っているのだろうか。

電車の中で予想していたよりも、雨は強かった。折りたたみ傘を持っていたので、帰れないことはなかったが、雨雲レーダーで雨量の推移を確認したら、もう30分ほどで雨が上がりそうだった。なので本屋で時間をつぶす。「ハズレなし最高の旅マニュアル」という帯のついた台湾を紹介する本を見つけた。旅先でハズレも何もないだろうと思いつつ、本を手に取りぱらぱらとページを繰る。台湾に旅行をしたときのことを思い出す。何がアタリで何がハズレなのか皆目わからないが、大多数の人があなたのその体験はハズレだというものに仮にぶちあたっていたとしても、その場面を引き当てたあとの振る舞いが、台湾という土地の上では、限りなく前を向いたものになるのではないか、という実感。それほどに、僕が体験した台湾は、無垢なものだった。僕を無垢な気持ちにさせてくれるような場所だった。また台湾に行きたくなった。いつかまた行きたい。

母子手帳。日々の記録。子供の記録。間。誰にもみせることのないそのことば、紛れもない愛だ。これが愛だ。

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平成30年9月1日 土曜日

これこれはこういうものだ。という言説を、無抵抗に受け入れてしまっている、という恐怖。

世間はあるゆる企てを一種の二者択一に委ねる。たとえば、成功か失敗か、勝利か敗北かといった二者択一に。わたしは異なった論理によって講義する。このわたしは、同時に矛盾して、しあわせであり、しかも不幸であるのだ。恋愛のディスクール p37

 

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